4U

10Ks!


KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY LIVE TOUR "10Ks!"
4/20大阪公演、4/29~5/1の東京公演に行ってきました。
残念ながら、名古屋公演は参戦できなかった…。


上記公演をうけ、ハイフン人生の振り返り、決意をここに記しておきたい。



KAT-TUNを好きになったのはいつからだろうか?
【メンバー全員が愛しくて仕方ない】そう思うようになったのは、KAT-TUNのTこと田中聖の脱退後だろうか…

私は、亀担だ。
そもそも亀梨和也という人を好きになったのは2004年大晦日のことである。
元々ジャニーズが好きで、SMAPから始まり、V6・TOKIOなどが好きであった。
好きなジャニーズが出てればTVはみていたし、毎年恒例のカウントダウンは欠かさずみていた。
そんなこんなで2004年のカウントダウンをみており、そこで歌う亀梨和也という人が気になりはじめたのだ。

インターネットや雑誌などで調べ、KAT-TUNというグループに所属していることを知った。
ごくせんに出ることも知った。
調べれば調べるほど、TVにでてるのを見れば見るほどどんどん好きになっていった。

ごくせんが終わる頃には、もう亀担と呼べるほどになっていた。
いわゆる【ごく出】になるのだろうか?


KAT-TUNのLIVEにも行くようになった。
初めてのLIVEは王様魂再追加、横浜アリーナの最終日だ。
なんと、このLIVE私の人生初のLIVEだったりする。
楽しかった。ドキドキワクワクした。
KAT-TUNがもっと好きになった。
それでも、やはり亀梨和也と他メンバーとの好き度合いには差がありすぎた。

2005年の亀梨和也はとにかく忙しかった。
年間5日しか休みがなかったと後で言っていたかと思う。
野ブタ。をプロデュース修二と彰での青春アミーゴなどなど、日に日にやつれ肌も荒れていく亀梨君。
とにかく心配だった。

2006年にKAT-TUNがデビューし、ミリオン達成。
しばらくすると赤西仁の海外留学。
何故この時期なのか?疑問だった。KAT-TUNがどうなっていくのか不安だった。 newsを見ながら泣いた。

2010年には赤西仁脱退。
そんな予感はしていた。脱退のときは、やっぱり…そう思った。
KAT-TUNを手放したのだから、自分の道で成功してよ。そんな風に思ってた。
それでもやっぱり心のどこかでモヤモヤしてるものがずっとあったように思う。

2013年には田中聖が脱退、解雇となった。
その前から、何やら不穏な空気を感じてはいた。週刊誌などなど。
聖の時は裏切られた感が、仁君の時より強かったのが正直なところだ…
2012年3月22日Chain名古屋公演で、「今まで不安にさせたこともあったけど、これがKAT-TUNです。(ニュアンス)」そう言ったのが聖だったから…ファンに1番いろんな思いを伝えてくれたてたのが聖だったから…KAT-TUNが大好きだと言ってた聖だったから…
名古屋公演の挨拶の時、私は号泣した。本当にどうなるんだろうって不安になったこともあって、でも5人なら…この5人ならKAT-TUNを守ってくれるって思ったから。KAT-TUNが大好きだって、KAT-TUNを好きになって良かったって思ったから…
だからこそ、聖の脱退は本当にショックだった。
それでも、聖を嫌いにはなれなかった。


4人になったKAT-TUN
KAT-TUNはどうなるのか?また不安が襲った。


2013年年末、京セラでの単独カウントダウン。
私は31日のみの参戦。メンバーからの挨拶で始まったLIVE。
圧巻のステージ。この4人なら大丈夫だと思った。
KAT-TUNを守ってくれた4人が愛しいと思った。
KAT-TUNを4人を守りたいと思った。


そして2015年11月、田口淳之介が3月31日をもって退所することが発表された。
泣いた…何故なんだと…あれだけ全身全霊でKAT-TUNが好きだと訴えているような田口が何故脱退、退所するのだと…
何かの間違いではないのか?夢ではないのか?でも、夢でも間違いでもなく、現実でまぎれまない真実だった…
5月のLIVEで流したあの涙はここに繋がっていたのだろうか?
私たちのあの声援は彼を引き止めることはできなかったのか…と絶望した。
でも、田口淳之介の人生は彼のもので、彼が決めたのなら仕方ないと無理やり納得しようとした。納得したような気になっていた。
3/31KAT-TUN脱退、退所。

4/3~は10Ks!が始まった。
初日の名古屋公演には行けなかったが、3人でのステージだったと聞き、田口淳之介が脱退したのだと実感する。

4/20京セラ公演。
いざ始まってみるとステージ上には、Jrもバックダンサーもいない。本当に3人だけのステージ。
3人がドーム中を動き回る。
特攻、火、レーザー。
人数なんて関係ない。KAT-TUNのLIVEがそこにあった。
広い広いドームが狭く感じるほどに…
あっという間に時間は過ぎた。
東京公演を楽しみに帰宅。


東京公演に早く行きたい気持ちと、5/1が来て欲しくない気持ちとの葛藤。


あっという間に5/1は来た。(東京3days参戦してます。)
オーラス公演。これが終わればKAT-TUNは充電期間に入ってしまう…
そんな気持ちの中、KAT-TUNコール。
こな時点で泣きそうだった。
これだけ沢山の人がKAT-TUNが好きなんだと。
公演が始まって、涙腺崩壊した。
キラキラした目で会場の光景を目に焼きつけるように会場を見渡す彼らがとても愛しくて仕方なかった。

私も同じように会場を見渡した。この光景を彼らを目に胸に焼きつけたかったから。
見渡したら、涙が溢れた。一面真っ赤に染まり、彼らへ愛の篭った眼差し声援を送るハイフン。ハイフンの皆が愛しくてたまらなかった。

君のユメぼくのユメでセンターステージから、メインステージへ歩いていく彼らの背中がとてもとても大きく見えて、あぁ、彼らなら大丈夫。必ずここに戻ってきてくれる。そう思った。

上田君が言った。船を降りたメンバーと一緒に船を降りたファンもいるだろうと。
ずっとついていくと泣きながら言ってくれて嬉しかったけど、ファンの皆には笑っていて欲しいと。


中丸君が言った。正直納得できない部分も最初はあったと。
今までつくりあげたコミュニティが薄れるのが心配だと。

亀梨君が言った。KAT-TUNを好きでいたい。KAT-TUN亀梨和也でいたい。そう思った時支えてくれたのはファンの皆だったと。

KAT-TUNといグループは6人で結成されたが、仁亀ツートップで事務所からのプッシュにも差があったように思う。
その中でもずっとプッシュされたきたのは亀梨君ではないだろうか?
最年少にしてKAT-TUNというブランドを背負い、ずっと強くあり続けるKAT-TUN亀梨和也
彼の背中にはどれだけのプレッシャーや負担がかかっていたのだろうか…


6人でなければKAT-TUNはなかったかもしれない。KAT-TUN亀梨和也はいなかったかもしれない。今いるメンバーはもちろん、これまでの歩みに感謝します。ありがとう。

この言葉で会場中から啜り泣く声がきかえた。

中丸君と上田君がハグをして、そこに亀梨君が加わり3人でハグ。
中丸君と上田君は泣いてた。
亀梨和也はやっぱり泣かない。
あぁ、らしいなぁ。そう思った。
中丸君はきっと泣くだろうと思ってた。
上田君ももしかしたら泣くかもしれないと思ってた。
亀梨君はきっと泣かないだろうと思ってた。
KAT-TUN亀梨和也とはそういう男だ。
KAT-TUNであるときは強くあり続ける。
そんな彼が愛しくて仕方ない。

心の中では泣いていただろうか?
メンバーの前では泣けただろうか?
中丸君上田君の前では素直な君でいて欲しい。


長々と語ったが、10Ks!に参戦できたことを幸せに思う。
改めてKAT-TUNをもっともっと好きになった。愛しくてしかたなくなった。
充電期間が終わるのが待ち遠しい。
何年だって待つよ。ずっといっしょに戦う。
でも、できらば高速充電にしてね!笑


このLIVEに来て、KAT-TUNを好きになって、新たにKAT-TUNという船に乗船してくれる人達がいる。
1度は降りてしまったけど、再び乗船してくれる方々がいる。

嬉しいことですね。

ようこそKAT-TUNへ!

さぁ、みなさん。一緒に戦いましょう。
KAT-TUNという船が再出航するその日まで…


We are KAT-TUN٩(●˙▽˙●)۶